Monthly Column VOL.68 「プロセス〜旅から見えてきたもの」

先月のコラムに書いたとおり、私はこの夏旅に出かけていました。先月はその夏の個人的な体験からの気づきを旅先で書いたのですが、今月半ばに帰国してから私は自分の内側で旅先でのいろいろな感情や体験を消化するというプロセスの作業に入っていることに気づきました。

帰国して1週間ほどは時差ボケで、朝目が覚めたとき自分がどこにいるのか一瞬わからないくらいに違和感を感じたものです。まだいろんな意味で統合ができていなかったのでしょう。

私が過ごしたサンフランシスコ周辺は、アメリカでは冷たい夏で知られているところです。朝は霧が立ち込め、ビルの上層階は見えません。観光地で有名なゴールデンゲート・ブリッジも何度も通りましたが、晴れた様子を見ることはできませんでした。晴れていたとしても、ドライで毎日肌寒く、フリースを来て過ごした夏は初めてです。「今頃、蒸し暑いんだろうな」と、そのうだるような日本の暑ささえもが恋しくなるような夏でした。行く先々で、「アメリカはいかがですか?」と尋ねられて「寒いです」と答える私に、何人ものアメリカ人が「トム・ソーヤの冒険」などで知られるアメリカの作家、マーク・トウェインの言葉を笑いながら教えてくれました。
 “The coldest winter I ever spent was a summer in San Francisco.”
Mark Twain
「私が過ごした最も寒い冬は夏のサンフランシスコだった。」という感じの訳になるでしょうか。

環境が違うと、生活の仕方が変わります。生活の仕方、習慣が変わるともちろん考え方にも大きく影響します。日本で当たり前のようにやっている生活習慣がアメリカでは当たり前ではない・・・。
でも、人間と言うのは失敗しながら学び、馴染んでいくものだということも知りました。

そして2ヶ月半を経てまた日本に戻ったとき、再び見えてきたものがあります。
今、そのことについて私の内側でのプロセスが始まりました。

頭で知っていたアメリカ西海岸は、明るい青空と太陽、そして陽気な人たち。でもそんなものはイメージでしかなく、全く違う側面を見、感じ、体験をしました。私は「体験する」、食べ物で言えば「食べてみる」ということを通して味わい、そして今スピリットの中に消化吸収をしようとしています。

観光ではない、日常生活のありのままのアメリカ。偏見や人種差別の問題は根深く、私の心を強く揺さぶりました。もちろん、メディアや本で知識としては「知っている」つもりでしたが、「何も知らなかった」ということを痛感させられました。

知人のユダヤ系のアメリカ人のお宅では、第二次世界大戦中にドイツからアメリカに亡命してきた方たちのすさまじい体験を聞きました。
心地よいサロンとプールのある広いお庭のある家に今暮らしている彼らのバックグラウンドの歴史・・・想像するのが困難なくらいに波乱万丈の物語です。また、今は明るいイメージのアメリカ西部も開拓時代にどんなことが起こっていたのかという物語も聞きました。

夢を求めてやってきたアメリカという国でその夢を実現していく過程の中で、どんな人々の喜び、苦しみがあったのか、人の声を通して聞くことは、本で読んだ印象や映画とは全く違っていました。

また、サンフランシスコから車で4時間ほど離れた田舎町で、私は日本人のお墓も見せてもらいました。名前も聞いたことのない田舎町に、日本人のお墓がたくさんあることにも驚いたのですが、まず目にとまったのが、小さな白い墓碑。「福岡懸糸島郡今津郷出身 白水・・・(人名)47才」と書いてありました。私にとって、今津はきれいなビーチのあるご近所です。本当に驚きました。そしてその日は8月15日。日本ではお盆です。
移民としてこの地にやってきた人なのでしょう。私と同じ年で、明治時代、今から100年以上前に亡くなった人。どんな旅をしてこの地にたどり着き、どんな人生を送ったのでしょうか。

今はリンゴとアプリコットの見渡す限りの豊かな実りのある土地でも、きっと100年前は荒地だったことでしょう。ただ感慨深く、静かに手を合わせてその場をあとにしました。歴史も本やメディアで見て感じるものとは違うのだということをドイツでも感じましたが、アメリカでもそうでした。そして、たくさんの人たちが人生という壮大な旅をこの地球という世界で旅しているということを改めて感じました。

オーラソーマで伝えられる色の言語は世界、または宇宙の共通言語。「ユニバーサル・ランゲージ」です。でも、その国々、それぞれの土地でいろいろな出来事に遭遇してみると、色の言語の解釈について、いろんな解釈ができるし、ひとつの単語について、たくさんの意味があることを知りました。ただ単なる知識として知っていた言語の意味には広大で深いバックグラウンドがあり、また探究心が沸いてきます。

アメリカではマゼンタ、ブルー、そしてオレンジのキーワードについて今更ながら、目からうろこの落ちる発見と理解をしました。ドイツでは、レッドとイエローについて考えさせられました。スイスではグリーンとゴールド。イギリスではピンクとターコイズ・・・。

何事も、経験にまさるものはないのかもしれません。

私はここ数年、ヨーロッパでもアメリカでも普通の観光旅行をしたことがありません。ホテルに泊ることもなく、誰かのお宅に泊めていただきながら、日常生活の中で海外を体験してきました。観光地のように何もかもが楽しく心地良い経験というわけではありません。明るい側面ばかりを見るというわけではないのです。でも、だからこそ物事を深く理解ができるのだと言うことも知りました。表層に見えない豊かさも・・・。それを見るには思い切って飛び込む必要もあるのです。

40代半ばを過ぎてから、20代のひとたちのような、3ヶ月近くのホームステイの旅。でも、だからこそ見えるものもあるのです。
私はそこで、オーラソーマのティーチャーではなく、コンサルタントでもなく、誰かの妻や子供でもなく、一人の日本人として過ごしました。でも、多種多様な人種がいるアメリカでは、もしかしたら「日本人」ということを意識していたのは、私だけかもしれません。
なぜなら、私は環境に馴れない初めのうち、「違い」を見ていたからです。
でも、そのうちに「ユニバーサル」であることに馴れてきました。「私は私なんだけど、私が誰でも構わない。」こんな風に思えてきました。

スピリチュアルな旅を始めると、「山が山でなくなる」と言います。ものの見方が変わり、新しい発見があり、見慣れたものが違って見える。そして旅の終わりにはこうなるのです。「山はやはり山だった。」でも多分、その存在は旅を始める前とはずいぶん違う価値をもつのだと思います。

今は、消化の作業中。何がアウトプットされてくるのか楽しみです。そして10月。収穫の秋。経験を統合し、またコースやセッションの中で豊かな色の言語を理解し、通訳できるようになったというのが、プロとしての私のこの夏の収穫だったかもしれません。
個人的には、感情的にも、英語で考える頭の忙しさも、この夏は混乱だったかも知れませんが、様々な人々との関わりの中で個人として与えられたものは豊かなものだったと言うことができます。

アメリカの友人たち、その家族のみなさん、ありがとうございました。
そして留守を守ってくれたスタッフ、私がいない間もオクトーに集まってエクササイズやトレーニングを自主的にしていた生徒たち。このプロセスを見守り、励ましてくれていた日本の友人たち。ありがとうございます。クライアントのみなさん、お待たせして申し訳ありませんでした。セッションの準備、整っています。

でも、私の肉体がどこにいても、ハートはみなさんと共にいますし、思いは時空を超えていくものだと身をもって、そしてスピリットで理解をしました。これがわたしの最大の収穫だったかもしれません。

最後に、深遠なインスピレーションを授けてくれた、異国に眠る日本人の先人の方々に感謝の気持ちを捧げます。見知らぬ土地に夢とフロンティアの精神を持ち、命を懸けて飛び込んだ皆さんに、私のスピリットの旅は勇気づけられました。ありがとうございます。

霧のサンフランシスコ
灯台
道
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虹
森
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