オクトー*今月のコラム*「夏休みの宿題」
Octo Speace Of Healimg
イメージ
イメージ
オクトーで受講出来るオーラソーマのコースについて
夏休みの宿題

今年の夏をあなたはどのように過ごされましたか?福岡では梅雨明けが例年に比べてとても遅かったせいもあるでしょうが、蒸し暑い天気のあと、8月下旬にはあっという間に涼風が吹いて、夏がとても短く感じられました。

「あっという間に夏休みが終わってしまう・・・」
楽しかった夏休みも、8月の終わりには「宿題を終えていない」という、子供時代の焦りと新学期が始まる不安が、条件反射のように心をよぎってきます。

・・・実はその感覚があったのは、去年までのこと。

今年は不思議にそれを感じないのです。そして「なぜだろう」と自分自身に聞いてみることにしました。

子供のころ、夏休みの初めに立てた日課によると、午前中の涼しいうちに勉強をして、お昼からは遊びの時間、そしてお手伝いをして、夜は8時に寝る。もちろん日記は毎日必ず書くこと・・・なんていう計画は早くも3日目には忘れ去られ、朝から遊び、夜は夜でやりたいことがたくさん。お手伝いもせず、なにもせず、夏休み前と変わったことといえば、日焼けして真っ黒になったことだけ。気づいてみると「あ〜、もう宿題間に合わないかも!!!」と何度後悔したことか・・・。後悔とともに楽しかったはずの思い出までもが急に色あせてくるのです。

私は学生時代、ほとんど机に向かって勉強をしたことがありません。両親から、「勉強をしなさい」とか、「宿題はすんだの?」と言われたこともありません。でも夏休みの終わりには、母には「計画性がない」と叱られ、父には「決めたことをやりとおせない子」と評価されたように思います。

このことは、子供時代にはたいしたことではないように思えました。そして大人になれば何でも好きなことを好きなようにやれるのだと思っていました。でも年齢を重ねて大人になった私が何でもできたわけではありません。
なぜならば、大人になっても「計画性がなく」「決めたことをやり通せない」というのは変わらなかったから。

宿題をしなかったのも、遊びほうけていたのも、私自身ではあるのですが、夏休みの終わるころの焦りと不安感は大人になってもまだ「懐かしい思い出」にはなっていなかったのです。夏休みの宿題もなければ、先生にも親にも叱られることもないのに、毎年夏の終わりに感じるなんともいえない不安感が私自身を不快にさせていました。

不安感と不快感の原因は、私が無意識に自分自身を責めていたことのように思います。

過去の苦い思いというのは、いつまでも私たちにつきまといます。何をするにもそのことが私たちの思考を支配し、ハートのささやきや直観を大切にせず、ことを行うにあたっての基準を決めてしまいます。そして自分自身をジャッジし、自信をなくし、やる気が起きない状態にさえさせてしまいます。

過去の失敗から「できない」というレッテルを自分自身に貼りつけて、人生を先に進ませない原因を自ら言い訳したりします。そして「計画性がない」「決めたことをやり通せない」等なども、私の上に貼りついたレッテルです。このレッテルも、実は父や母が私に貼りつけたものではなくて、私自身が長年そう思い込んでいたものであることにも最近気づきました。

長年私の中には「できない私」がいつもいました。

何をするにも自信が持てませんでした。

それが、なぜそうなったのか、原因を探るどころか、生まれつきそうだと思っていたのです。そしてそれは変えられないものだと、どこかで思い込んだのです。そして私自身は「できない私」が生まれつきの本当の自分だと思い、まるで誕生日を変えることが不可能なように、「変えることができる」ということすら考えたこともなかったのです。「できない私」の最初のきっかけは、ほんの些細なことだったのかもしれません。もう、その想いがどこから来ているのかということすら思い出すこともできません。子供だったわたしには未熟だったゆえにできないことだったのかもしれません。でも深く埋め込まれたこの「できない」の一言が、どんなに人生を左右してきたのでしょうか。

こういったレッテルのことを「条件付け」と言います。この条件付けに自己同一化をすると、これが人生を支配していくことになります。

無意識の層に深く埋め込まれたこの条件付けは、恐ろしいほどに私たちを操ります。

こんなことを考え始めたのは、オーラソーマを学び始めてからでした。

はじめに「できない私」という存在が私の中にいることを知りました。

オーラソーマの学びの中で、とくにセンシティビティー・トレーニングを始めてから、自分自身に向き合うことの困難さが何度もやってきました。なぜなら初めに「できない私」の存在に出会ってしまったからです。でもそのひとつひとつを受け止めて、まっすぐに見ていくことを決めました。

そして今年、「夏休みの終わりの不安感」を初めて感じていない自分自身に気づいたときに、「できない私」がいなくなっていることにも気づいたのです。

「できない私」とは幻想の存在でした。架空に作り出した私の影の存在でした。

「できない私」は今、「何でも楽しんでトライする私」に変わりました。

運動ができなかった私は今、体を動かすことを楽しんでいます。

英語ができなかった私は今、毎日英語で話したり書いたりすることが仕事の一部になっています。

パソコンはさわるのもイヤでしたが、今はたくさんの音楽をダウンロードしたり、この原稿を膝の上のラップトップで書いたり、外国のウエブサイトを通して、海外に行かなくても学びたかったことが学べて、PC生活も楽しんでいます。

内面の「できない私」が「楽しむ私」に変わったとき、外側の世界への見方が変わりました。そして外側の世界との関わり方も変わりました。

毎月エクササイズに来るセンシティビティー・トレーニングの生徒たちもクライアントの方たちも、本当に変わってきています。というより、きっと本来の自分自身に戻りつつあるのでしょう。みんな内側も外側も美しくなりました。困難さに出会っても、音を上げることが少なくなりました。そして、みんなで助け合うことと、そのすばらしさを学びました。他人が自分の鏡であることを知りました。そして選ばれるボトルが映し出す本当の自分自身をまっすぐに見つめることができるようになってきたと思います。

「オーラソーマは魂の鏡」と言われます。あなたが鏡に映して見えるものは何でしょう。

オーラソーマの鏡が見せるものは本当の自分自身。鏡を見ている人と、時に異なるようにみえるかもしれません。それはまるで魔女が真実の鏡を見たら白雪姫が映っているようなものかもしれないのです。でも、白雪姫とはもしかしたら、魔女自身が知らない彼女自身の本来の純粋無垢な魂なのかもしれません。

でも、私たちは時にその無垢な魂の部分を無視しようとします。なぜなら自分自身の深みにそんな美しいものが眠っているとは信じがたいからかもしれません。そう信じることに不安と罪悪感さえ抱くこともあるかもしれません。

いずれにせよ、ボトルたちはあなたを映し出す鏡なのです。

そして本当に正面からまっすぐにそこに映し出されたものを見つめるとき、本当のあなたが姿を現すのかもしれません。

どうぞ、あなたがいつも健やかで幸せで恐れから自由でありますように。そして「条件付け」という毒入りりんごを食べて深い眠りに落ちたお姫さまが見ているかもしれない「夏休みの宿題」というような悪夢から早く目覚めることができますように。

夏休みイメージ
夏休みイメージ
夏休みイメージ
工作イメージ
ハート・イメージ
SMILE
花束
子ども・イメージ
草原のイメージ
風船のイメージ